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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)56号 判決 1984年7月20日

上告人

鄭叔子

右訴訟代理人

針間禎男

中垣一二三

竹岡富美男

綿島浩一

被上告人

趙京來

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人針間禎男、同中垣一二三、同竹岡富美男、同綿島浩一の上告理由について原判決は、(一) 上告人は朝鮮の国籍を、被上告人は大韓民国の国籍をそれぞれ有する外国人であるが、上告人及び被上告人は、大阪府泉大津市長に婚姻の届出をし、その当時から日本に居住していたものであるところ、上告人は、古物商を営んでいる被上告人から婚姻当初より満足な生活費を渡されなかつたため、実家の援助を受けて生計を立て、また、焼肉店を経営して生活費を捻出しようと考え、父の資金援助により店舗兼居住用建物及び敷地を購入したが、被上告人から絶えず理由もなく暴力を受け、助骨骨折、両側大腿部挫創等の傷害を負うことがあつた、との事実を確定したうえで、(二) 上告人の被上告人に対する離婚請求を認容し、また、上告人の被上告人に対する離婚に伴う財産分与として一七〇〇万円、慰藉料として三〇〇万円の各支払を求める請求については、その準拠法は法例一六条により定めるべきであり、本件においては夫たる被上告人の本国法である大韓民国法であると解すべきところ、同国民法のもとにおいては、離婚をした者の一方は相手方に対して財産分与請求権を有しないから、上告人の右財産分与請求は主張自体失当として排斥を免れないが、同法が右財産分与請求権を認めていない点は慰藉料の額を算定するに際して斟酌するとしたうえで、前記事実関係及び本件にあらわれた一切の事情を考慮して右請求に係る慰藉料の全額を認容している。

思うに、大韓民国民法は、離婚の場合、配偶者の一方が相手方に対し財産分与請求権を有するとはしていないけれども、有責配偶者が同法八四三条、八〇六条の規定に基づいて相手方に支払うべき慰藉料の額を算定するにあたつては、婚姻中に協力して得た財産の有無・内容を斟酌することができるとしていると認められるのであり、したがつて、その斟酌のいかんによつては財産分与請求権の行使を認めたのと実質的には同一の結果を生ずるのであるから、当該離婚について同法に従い財産分与請求権を認めないことが、直ちにわが国の法例三〇条にいう「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」に反することになると解すべきではなく、大韓民国民法のもとにおいて有責配偶者が支払うべきものとされる慰藉料の額が、当該婚姻の当事者の国籍、生活歴、資産状況、扶養の要否及び婚姻中に協力して得た財産の有無・内容等諸般の事情からみて、慰藉料及び財産分与を含むわが国の離婚給付についての社会通念に反して著しく低額であると認められる場合に限り、離婚に伴う財産分与請求につき同法を適用することが法例三〇条にいう「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」に反することになると解するのが相当であり、この場合、右の財産分与請求について、法例三〇条により、大韓民国民法の適用を排除し、日本民法七六八条を適用し、財産分与の額及び方法を定めるべきである。

これを本件訴訟の経緯に照らしてみると、大韓民国民法に基づき慰藉料として被上告人が上告人に支払うべきものとされる三〇〇万円が、慰藉料及び財産分与を含むわが国の離婚給付についての社会通念に反して著しく低額であるとは認められないものというべきであり、したがつて、上告人の財産分与請求につき、大韓民国民法の適用を排除して日本民法七六八条を適用すべき場合であるとはいえない。結局、原審の判断は、正当であり、所論の違法はないことに帰するから、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 大橋進 牧圭次 島谷六郎)

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